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<雌。あの雌不細工。腹へった。この木の実硬い。くちばしで破れない。上から落とす。割れた。持ってかれた。腹立った。もう一個落とす。割れた。やっ。かわいい雌。一発やりたい>
「かあ」カラスはもう一羽のカラスのすぐ横に飛んでいった。喜三郎にはさっぱりわからないが、どうやらこっちのカラスは雌らしい。喜三郎は雌の意識にも耳を傾けた。
<雄。くちばし立派。でも顔今一>
<上から見たときよりかわいくない。でもいい>
「かあ」
<おいしそうな木の実。食べたい>
「かあ」
<木の実やる。だからやらせろ>
「かあ」
<木の実食う。でもやらせない>
<あ木の実をくわえて飛んでってしまった。食えないやれない。悲しい。あネズミだ。これうまい。これ食う。でもこれ逃げる。でも逃がさない。捕まえた。食う。腹一杯。やりたい。ネズミ見て雌来た。不細工。でもいい。やらせろ>
「かあ」
<食う先。やる後>
「かあ」
<俺腹一杯。やる先。食う後>
「かあ」
<私メシまだ。食うまで待つ>
「かあ」
<食うまで待って逃げられた。今やる>
<やだ>
 そのまま雌らしきカラスはどこかへ飛んでいってしまった。
<やれなかった。でも腹一杯。うれしくて悲しい。眠くなった。寝る>
 次の日も、その次の日も、喜三郎はカラスの心の中を読み続けた。そして一週間くらいたったある日。
<腹へった。空から獲物探す。や海の向こうに変なやついる。でも俺知ってる。あいつ食えない>
 喜三郎はカラスの飛んでいった方向を見た。水平線かすかに見えるのは確かに船の姿だ。喜三郎は思いっきりの大声を上げ、急造の旗を振り、火をたいて煙を上げた。船の姿は徐々に大きくなった。
「一週間もですか。それは大変だったでしょう」
 船員に助けられて喜三郎は久しぶりに人並みの食事をとっていた。
「ほんと、カラスしかいませんでしたから」
「カラス食べたんですか」
「いえ、カラスは食べませんが」
 次の寄港地に連絡を取りますから、といって船員が無線機を操作する。人こごちついた喜三郎にはまず確認したいことがあった……自分の能力が鈍っていないかだ。
 船員の心の中を読みとる。力は落ちてない。むしろ以前よりすらすらと意識が読みとれる。カラス相手に練習したかいがあった。
<うーん、昼間食ったラムチョップはなかなかうまかったな。晩飯なんだろうな。最近ソーセージが続いているからどうも飽きたな。まあ、次の寄港地に着いたら久々にパスタでも買い込むか。しかし次の寄港地といえば、あの町の女はどうもよくないな。サービスが悪い癖に妙に高い金取りやがる。やっぱこの前の港の女はよかったなあ>
 喜三郎は何度も読心をやり直した。でも、どうしても食事とセックスのことしか読みとれない。能力が高まって一番心の底の部分が見えるようになったのだと気がついたとき、喜三郎はスパイ人生の終わりを悟った。

     [完]




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