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 そうこうしているうちに他の客が来たが、なかなか牛乳を飲む人がいない。十人目の老人がついに冷蔵庫を開けた。いよいよだ。果たして老人は腰に手をあてるだろうか。私はさりげなく老人を観察した。
 老人は牛乳を取り出し、番台で金を払った。そして蓋を開けると、ベンチに座って飲みだした。
 私はちょっとうろたえた。こういうケースは想定してなかったのである。座っているのであるから当然腰に手をあててはいないのだが、あまり参考にならない気がする。しかし、これも一つのデータであるのでノートに「70代男性、座」と書いた。
 次の客は意外と早く現れた。中年の男がコーヒー牛乳を買ったのである。注目する中、男は飲み始めた。空いているほうの手はしっかりと腰にあてている。私は少し感動した。思えば腰に手をあてて牛乳を飲む人を、生まれて始めて見たのである。私は納得して、ノートに「40代男性、○」と書いた。
 次のデータは大量にとれた。クラブ活動の帰りと思われる高校生五人組が牛乳を買ったのである。見ていると一人は空いているほうの手はぶらぶらさせており、二人は腰に手をあて、一人はぴたっと脇につけ、一人は両手で飲んでいた。私はノートに「10代男性、○○×××」と書いた。
 そんな感じで10人くらいまで調査が進んだだろうか。ノートを見返していて、私は調査に重大な欠陥があることに気がついた。標本がかたよりすぎているのだ。なぜ始める前に気がつかなかったのだろう。ここまでのサンプルは全員男性ではないか。
 私は番台のおやじに反対側に入れてもらえないかと頼んだ。だめだというのでではせめて番台にのぼらせてもらえないかと頼んだ。真面目に頼んだにもかかわらず、おやじはすげなく私の頼みを断った。
 仕方がない。この件についてはいずれ調査協力者を募ろう。
 まずは男性のサンプルだけでも集めなくてはと観察を続けていると、大学生とおぼしき二人組が牛乳を頼んだ。私は注目した。今度は二人とも腰に手をあてている。私がノートに「20代男性、○○」と書いたとき、片方の男が言った。
「やっぱり湯上がりには腰に手をあてて牛乳を飲まなくっちゃなー」
「そうだなー」
 私は驚愕した。
 いままでの調査はいったいなんだったのだ。このフレーズの影響により腰に手をあてて牛乳を飲む人がいるのでは実態がつかめないではないか。
 結局「腰に手をあてて牛乳を飲む」という仮説の本当のところはわからなかった。私は今でも、あれは噂にすぎなかったのではないかと思うことがある。

     [完]




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