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大型煙草小説
日た
佐野祭

 理由は知らんが、とにかく日米戦争が始まった。
 ここ「日た」(日本たばこ産業株式会社、旧略称JT)の会議室では、開戦後のたばこの売れ行きに関する会議が開かれていた。
「やはり戦前に比べて軒並みダウン、じゃなくて、減少しております」
 報告しているのは、市場調査課長の杉野森弥三郎である。
「うむ。まあ、非常時だからな。データ……じゃなくて、資料はどうなっている」
 松本喜三郎営業部長が答えた。
 日米戦争が始まってすぐ、英語は敵国語としてご法度になった。 「テレビ」「バス」などの外来語は日本語に言い換えられ、英語の商品名もすべて日本語に直された。野球をやるにもストライクは「よし」、ボールは「だめ」といった、あの時代に逆戻りしているのである。
「まずですね、『桜』は二五パーセント……じゃなくて、二割五分減少してます」
「『桜』っつーと、ん、あれか。だいぶ厳しいな」
「『こだま』が三分、『宇宙』が一割六分、『高光』が一割三分それぞれ減少しています」
「うーむ」
「『相棒』が一割七分、ちょうど二割です」
「どっちなんだ」
「ですから『相棒』が一割七分、『ちょうど』が二割と申し上げたのです」
「ちょうどがって……あ、“JUST”か」
 たちまち周囲の目が白くなった。
「……悪かった。続けてくれ」
「『優しい』が一割九分時々二割三分」
「なんだその天気予報みたいな数字は」
「ですから『時々』が二割三分」
「は……あ、“SOME……”」
 周囲の目が白くなる前に、松本部長は言葉を飲み込んだ。
「まあその辺の銘柄は大した影響はないだろう。問題はわが社の主力銘柄だが」
「はい」
 緊張した面もちで資料をめくった。
「まず『七ツ星』が三割四分の減少です」
「うーむ……」
「で、主力中の主力、『柔らか七』は四割一分減です」
「そうか……やはり元の数字がでかいからなあ。やはりわが社は『柔らか七』の分が大きいし、この『柔らか七』の……どうも調子狂うなあ。まあいい、続けてくれ」
「はい。では、どんどんいきます。『柔らか七選択』二割四分、『柔らか七ハッカ』三割二分、『柔らか七軽い』三割八分、『柔らか七特別軽い』二割八分、『柔らか七余計軽い』四割七分、『柔らか七超軽い』三割一分」
「あ、う、う」
「何か」
「数字はともかく、なんとかならんのかその名前」
「贅沢いっちゃいけません。この非常時に」
「いやな時代だなあ」
「は?」
「いえ、独り言」
「で、『柔らか七氷が青い超軽い』三割九分」
「どこまでが名前だ」
「全部です。『七ツ星あつらえの軽さ』二割七分」
「歌舞伎の外題だよそれじゃ」
「続きまして、『小屋』二割五分、『小屋百』二割一分、『小屋柔らか』四割三分、『小屋超柔らか』二割六分、『小屋極端に柔らか』二割三分、『小屋威信』一割六分」
「そんなんあったっけ」
「ありますったら。ええ、それから、『脚輪』三割六分」

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