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大型恐喝小説
プライベートは誰だって
佐野祭

 ノックの音がした。
 若い女性の一人暮らしであるから、当然梅田手児奈はいきなり開けたりしない。
「どなたですか」
「乾日新聞ですが」
 ああ、またかと思う。
「新聞とってくれませんか」
「ウチは他のとってますから」
 いつもはそれでおとなしく帰るはずだった。が、この日は違った。
「いいんですかそんなこと言って」
 予想もしてなかった言葉に、手児奈は一瞬どう反応していいかわからなかった。
「どういうことになるかわかってるんでしょうね」
 手児奈は得体の知れない恐怖を抑えながら応えた。
「どういうことでしょうか」
「まあ、まずは出て来て下さいよ」
 ドアを開けるべきかどうか。ためらいはあったが、このままだと大ごとになりそうな気がする。手児奈はドアを開けた。
“新聞セールスマン 松本喜三郎”という名札をつけた男が立っていた。
「ま、とりあえずこの洗剤どうぞ」
 喜三郎は手児奈に二箱の洗剤を渡した。
「ちょっと見て欲しいものがあるんです」
「何でしょうか」
 喜三郎は力バンかう一枚の封筒を取り出して開けた。
「まあ、この写真なんですけどね」
 写っていたのは手児奈に間違いなかった。
 バスローブ姿の手児奈。鏡の前で口紅を手にしている。そしてその口紅を――鼻の穴に突っこんでいる。
「ああああんたこんな写真をどこから手に入れたのっ」
「蛇の道は蛇ってね。この写真あんたの職場に配ったらみんな喜ぶだろうねえ」
「これは、これは違うの。何で口紅があるのに鼻紅がないのかなって、ちょっと思っただけなんだから、」
「んー、ま別に何ででもいいんだけどね」喜三郎は詰め寄った。「新聞とってくれるかい?」
 手児奈は怒りで真っ赤になった。
「ああああんた脅迫する気」
「おやおや人聞きの悪い。ま、洗剤どうぞ」
 喜三郎は手児奈に二箱の洗剤を渡した。
「誰が、誰があんたの新聞なんかとるもんですか」
「ほう。じゃあ、しょうがねえな」
 喜三郎は「俺もここまでやりたくはなかったが」と言いながら一枚の写真を取り出した。
 写っていたのは手児奈に間違いなかった。
 べッドの上。手児奈が体をくねらせている。足を大きく拡げ、その足を両手で支え、足の指を鼻の穴に突っ込まんとしている。
「やだ、違うの、いや、試しただけ、ほら人間ってね、足で鼻をほじくれるもんかどうかね、」
「これあんたの親がみたら悲しむだろうなあ」
「だめ、だめ、絶対だめ」
「そうか。あんたがだめなら親御さん、て手もあるな」
「ななな何よ、親まで脅迫する気」
「……親御さんご近所?」
「し、新幹線で二時間かかるよ」
「新幹線に乗って新聞配りにも行けないわな。ま、俺としてはあんたが新聞とってくれりゃそれでいいんだ。ま、どうぞ」
 喜三郎は手児奈に二箱の洗剤を渡した。
「いやだ、いやだ、殺されたってあんたの新聞なんかとるもんか」
「おや強情なお嬢ちゃんだ。じゃあ、これをごらん」

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