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 まずは腕を大きく挙げて背伸びの運動。このやり方には挙げた手を三拍で小刻みにおろすやり方と、拍を意識させないようなめらかにおろすやり方があるが、三本松高校は後者の流派だ。
(あっ)手児奈はどきっとした。(左右のバランスがくずれた)
 続いて腕を左右に振って膝を曲げる運動。人によって手の長さが違うため、リズムに対して腕を振る時間があわないことがある。これをラジオ体操用語で「振り子が合わない」という。喜三郎も最初は振り子が合わないのに苦しんだが、やっと一週間くらい前に合わせることができた。ここが最初の気がかりだったが、今日はなんとかクリアできた。
 手児奈はそれを見てほっとした。(OK。これでさっきの左右のバランスがくずれたのから立ち直れたね)気持ちの切り替えが早いこと、それが喜三郎の強みだった。
 腕を回す運動から腕を開く運動へ。このときにいままで閉じていた足を開くことになる。この足さばきが意外と美しく決まらないのだ。ラジオ体操の難所は運動そのものではなく、各運動間の移行にあるといっても過言ではない。
(やっぱりだめだ)手児奈はひやりとした。(軸足の角度が踏み出した足と違ってる)しかし、そこで喜三郎がじたばたせずそのまま続けたのでまずはほっとした。そんなに大きな減点にはならないだろう。
 喜三郎の演技はを無難に続けてゆき、いよいよ見せ場である体の回転である。腕、肩、胴、腰が滑らかなカーブを描く。
(よし、完璧だ)手児奈は手に汗握る。(いい回りだ)
 いつもは合わないジャンプのタイミングもばっちり合った。(開いて、閉じて、開いて、閉じて)手児奈のつぶやきが聞こえるかのように喜三郎の手足はリズミカルに動く。
 そして再び腕を左右に振る運動。(これで後は)手児奈は考えた。(深呼吸のタイミングが合えば、OKだわ)
 手児奈が見守る中、音楽の最後の音が消えると同時に、喜三郎の両手が腿の横についた。

「上出来上出来。この調子で明日の第二も頑張るのよ」
「背伸びうまくいったと思ったんだけどなあ」
 喜三郎はシューズをバッグにつめながら時計を見た。もう七時だ。道理で腹が減ったはずだ。
「いい、軸足の移行のところももう一度練習してね」
「はーい」
「でも、いまのところ技術点はいい線いってるわ。問題は、出席点ね」
「それなんだよなあ」
「さ、朝ごはん食べに行きましょ」
 県大会は今日を含め四十日続く。優勝はその間の技術点と、一日ごとに押されるスタンプによる出席点で決まる。喜三郎の戦いは、まだまだ始まったばかりである。

     [完]




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