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大型童謡小説
後ろの正面だあれ
佐野祭


  かごめ かごめ 篭の中の鳥は
  いついつ出やる 夜明けの晩に
  ツルとカメがすべった 後ろの正面だあれ

 私がわらべ歌の魅力にとりつかれて、もうかれこれ三十年になる。
「通りゃんせ」「ずいずいずっころばし」意味不詳の歌詞。それでいてなにか暗い時代を思わせる歌。どれをとってもその謎は魅力的であった。だが、私が一番こだわりをもっているのは、……これはアマチュアの研究家の集まりでもあまり口にしなかったが……「かごめかごめ」であった。
 実際、研究家の集まりでかごめかごめが好きですということは音楽家の集まりでヴェートーベンが好きですと言うのに等しかった。あるいは、登山家の集まりで富士山が好きですと言うのと同じといってもいい。つまり、研究の対象としてはあまりにメジャー過ぎるのだ。
 そのような席で口にしなかったのはもう一つ理由がある。私は、かごめかごめの研究を続けて、ついにこの歌の発祥の地らしい村の名を探り当てたのである。だから、私は努めてかごめかごめの話題を避けた。その話題になるとそのことをどうしてもしゃべりそうになってしまう。
 私は「かごめ」という言葉が誰かの口から出る度に、すべりそうになる口を抑えた。まだ言うのは早い、その村にいって確たる証拠をつかんで、みなを驚かせるのだと自分に言い聞かせた。
 私は連休を利用して「かごめかごめ」発祥の村、三本松村にやってきた。
 新幹線から在来線に乗り換えて二時間。さらにローカル線に乗り換えて二時間半。バスを二つ乗り継いで三時間。三本松村に着いた時には、日もそろそろ暮れようとしていた。
 私一人乗ったバスを降りると、地元の老人が農作業の片付けをしていた。
 私は思い切ってストレートに訊ねてみた。
「すみません。私わらべ歌の研究家なんですが、ここでかごめかごめがずっと歌われてきたそうですが」
 老人は荷物をトラクターに積み込みながら
「ああ、ガキの頃から歌ってるよ」
と答えた。
「すいません、ちょっと歌ってみていただけますか」
 老人は変な奴を見るような目で私を見たが……客観的に見れば変な奴には違いない……しわがれた声で歌い出した。
「かごめ かごめ 篭の中の鳥は
 いついつ出やる 夜明けの晩に
 ツルとカメとクマがすーべった
 後ろの正面だーあれ」
 私は耳を疑った。
「おじいさん、今『ツルとカメとクマ』って……」
「おお、俺ゃガキの頃からそう歌ってるよ」
 大変な発見だ。
 かごめかごめは、その発祥の地においては今と異なった形で歌われていた、それはある程度予想していた。だが、ツルとカメのほかにクマがこの歌に加わっていようとは。
 私は興奮してたずねた。
「おじいさん、この村におじいさんの他にこの歌に詳しい人はいますか」
「ん?そうだな、松本の喜三郎じいさんがいいんじゃねえか」
 私は喜三郎じいさんの家を教わると、老人に礼をいってそそくさと別れた。
 喜三郎じいさんの家は村はずれにある。私は戸を叩き、現れた老人に訊ねた。
「すみません。私わらべ歌の研究家なんですが。ここでかごめかごめがずっと歌われてきたそうですね。ちょっと歌ってみていただけますか」
 喜三郎翁は変な顔をしながらも歌ってくれた。

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