大型近未来小説「手」

第10回 サラリーマンには手がいる


 企業戦士たちは当然のように十何本の腕を下げている。
「どうだね、しっかりやっとるかね」
「あ、部長。いやあこう書類が多くっちゃ」
「いやあすごい格好だな。十二本の手に鉛筆を持って」
「こうでもしなきゃ間に合いませんよ」
「おい、一本だけ手が遊んでるじゃないか」
「これ元々の左手です」
「なんだ……ところで今度、社内で手話講座を開くんだがね、君も参加しないか」
「手話?耳の不自由なお得意様でも来るんですか」
「いやいやそうじゃないんだがね、ほら、手はいくらでも増えるけれども口は増えないだろ」
「ええ」
「だからね、手話を習えば電話をかけながら会議ができるじゃないか。時間の節約になるよ」
「……はあ。わかりました。いつですか」
「確か来週の金曜からだと思ったが……ごめんごめん、再来週の火曜からだ。来週の金曜は別のやつだ、ああ、でもこれも出てくれたまえ」
「何ですか」
「点字講座だ」
「ふわあ……」
「おいっ、きみ、しっかりしたまえ」

      (続く)

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