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 彼は去年の忘年会で柑橘類ごっくんという芸をやった。まずは金柑を丸飲みにする。まあ、このくらいではみんな別に驚かない。次に柚を丸飲みにする。思わずみんなから拍手がわく。さらに温州みかんを丸飲みにする。ここらへんになるともうため息が洩れるばかりである。最後に夏みかんを丸飲みにする。もはやみんなすっかり驚いてしまって、なぜ真冬に夏みかんがあるのかなんてことはどうでもよくなっている。
「こんな学生がいますけれど」
 杉野森はすっかり興奮した。
「ぜひ連れてきてくれ。この胃カメラを飲み込むことができるのだということを証明して欲しいんだ。超小型遠隔操作内壁監視用カメラだってば」
 さっそく喜三郎が連れてこられた。大先生の前なので若干緊張した面もちである。
 杉野森はにこにこして語りかけた。
「ようこそ松本くん。君を男とみこんで頼みがある。この胃カメラを飲み込んでくれ」
 さすがの喜三郎もためらった。
「いやあ……ちょっとこれは……」
「なぜたね。夏みかんを飲み込んだ君ならできるだろう」
「でも、夏みかんはやわらかいですし……」
「頼む。医学のためだ。超小型遠隔操作内壁監視用カメラだっちゅーに」
 喜三郎はじっと胃カメラを見つめていたが、おずおずと口にくわえた。そのまま一気に飲み込もうとしたが、すぐにむせて吐き出してしまった。
 杉野森は喜三郎の肩をたたいて励ました。
「松本くん。あせることはない。何度でもじっくり挑戦してくれ」
 喜三郎は再び胃カメラをにらみつけると、目を閉じて口の中に放り込もうとして中断して言った。
「すいません、水をいただけませんか」
 よく口をゆすぐと胃カメラを握りなおし、深呼吸して口にたたき込んだ。
「がんばって松本くん」
 喜三郎の喉がピクピク動くのが見える。
「もう少しだ、松本くん」
 目を白黒させる喜三郎。何度も戻しそうになってはぐっとこらえ、四苦八苦試行錯誤の上、とうとう喜三郎は胃カメラを飲み込んだ。
「すごいぞ、松本くん」
「やったわ、やったのよ」
 興奮してはしゃぎまくる手児奈と杉野森。喜三郎はただ口からコードを引きずってじたばたしている。
「やるじゃないか松本くん、え、なんだって?ああ、抜いてくれって?よしよし、いま引っ張ってやるからな」
 喜三郎の口から胃カメラを引っ張り出すと喜三郎の口からくしゃみといわずせきといわずよだれといわず一気に吹き出した。
「さあ、まあ口を拭きたまえ松本くん」
「……やれば飲み込めるもんですね」
「どうだい見たかね梅田くん、ちゃんと飲み込めただろう」
「で、先生、どうでした」
「え?あ、撮影するの忘れた」

 松本喜三郎。世界で初めて胃カメラを飲み込んだ男である。

     [完]




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