PAGE 2/2
ところが八階の営業部に行ってみると、梅田部長の姿が見えない。
「あの、部長は」
「冬眠に入るといってさきほどお帰りになりました」
事務の女性が答える。そういえば営業部もだいぶ人が少ないようだ。
「まったく部下が必死こいてるというのに勝手に冬眠に入りやがって。仕方ない、我々だけで行こう。おーい杉野森くん」
九階の仕入れ事務所に戻ってみると、杉野森は丸くなって寝こけていた。
「こらっ、杉野森、いくら独身だからって会社で冬眠に入るなっ、こら、起きろ」
「ふにゃ」
揺すっても叩いても杉野森は起きなかった。一度冬眠に入った人間はそう簡単に目覚めるものではない。
とりあえず杉野森のメモを元にその取引してくれそうなところに電話をかけた。
「はじめまして、私三本松デパートの松本と申しますが」
「ぐぅ」
電話をとって力つきたらしい。
喜三郎はふと気になりフロアに降りてみた。
客は誰もいなかった。それどころか、店員も誰もいなかった。どうやらみんな冬眠にはいったらしい。
「どたばたしたのはなんだったのよ」
誰もいない相手に愚痴をこぼし、喜三郎はそれどころではないことに気がついた。まずい。このところ忙しかったから、まだ冬ごもりの準備を全然していない。このままでは自分が冬を越せない。
まだ開いている店があるだろうかと、喜三郎は通りに飛び出した。もちろんデパートには冬眠セットはまだあるのだが、喜三郎には店の商品に手を付けるという発想はなかった。
向かいのスーパーに飛び込もうとしたら既にドアが閉まっており、「新春は目が覚めたら営業します」という貼り紙がしてあった。
ではと二十四時間営業のコンビニに行ってみると、準備中の札がかかっていた。
このままだと春目が覚めたときに飢え死にしてしまう。開いている店を探して喜三郎は二時間さまよった。
ようやく一軒だけ開いている雑貨屋を見つけたとき、喜三郎はほっとした。
「おやじ、缶詰でもなんでもいいからおくれ」
「あいよ」
わしゃ年だから眠りが浅くてもいいもんねという顔をしたおやじから缶詰その他を受け取り、喜三郎は家に帰った。
当初の売上目標をだいぶ下回っているので春になったらどうしようとは思ったが、もうどうにもならなかったし、既に眠くなっていた。
(まあいいや。春になったら春になったときだ)
喜三郎は眠りについた。
夢の中ではデパートに大勢お客が詰めかけていた。喜三郎も忙しく働いていた。なにやら歳暮だのクリスマスだの正月だのと騒いでいたが、それがなんのことだか喜三郎にはちっともわからなかった。
[完]
*.前頁
#.次の作品
0.Vol.3に戻る