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 止まった空気を破るかのように首相のため息が洩れた。
「すごいもんだな……」
 庭に降りる外相のことなど目に入らぬかのように、首相はなんどもため息を繰り返した。
「いや、ほんとこれは……実に……いや、杉野森君、すごいよこれは。すごい」
「あの」
「よく見つけてくれた、杉野森君。これはほんとすごい」
「あの、死んでますけど」
「あ?」
 庭では男の横で外相が頭を掻いている。
「死んでますけどって、なんで」
「なんでって……腹を切ったし……」
「あのなあ」松本首相の声が一オクターブ高くなった。「ここで死んじゃなんにもならんだろが、おい」
「いや、でも……ご心配なく」
「恐怖の大王に見せる前に死んでどうすんだよまったく。私ゃいったいどうなるのよ」
「あの、ですから、ご心配なく。こんなこともあろうかと思って」
「思うなっ」
「思いませんでしたけれども、ちゃんと策はございます。お入り」
 外相に呼ばれてもう一人の男が入ってきた。見ればさっきの男に負けず劣らずいい男。
「この男が、いま日本で最も美しい切腹をする男です」
「おい、それはそこで死んでる奴だろ」
「ですから、この男が死んで二番目の男が繰り上がったんです」
「ああ、……まあなんでもいい。もうリハーサルは無しだからな。当日までに段取りを決めておけよっ」

 そしていよいよ恐怖の大王が来日した。
 歓迎式典は途中SPが五、六人首の骨を折った程度であとは滞りなく進んだ。外相はマイクの前に立つと緊張の面もちでしゃべりだした。
「ええ、それでは、ここで大王陛下を歓迎する意味を込めまして、日本の伝統行事でありますハラキリをご覧にかけたいと思います」
 鼓と笛の音が流れた。毛氈を敷き詰めた中、白装束の男がしずしずと歩いて行く。大王に向かい一礼に及ぶと座って短刀の運ばれてくるのを待つ。運ばれてきた短刀をすらりと抜き、前をはだけて位置を確かめるように刃をすべらす。切っ先が白い腹部に赤いしみをつける。そのしみはみるみる装束を染め……男は静かに倒れる。
 鳴りやまない拍手の中、松本首相は大王の顔色をうかがった。よかった。気に入ったようである。首相はほっとすると同時にいままでの疲れが一気に吹き出してくるのを感じた。しかし何はともあれ、これで一つの関門を突破したのだ。首相は今まで手をつけてなかった料理をばりばりと食い始めた。
「あの、総理」
 小声で外相が呼んでいるが口の中に詰め込みすぎて返事が出来ない。
「あの、総理」
「なんだ」やっとこさ飲み込んで首相は答えた。
「大王が、俺にもやらせろと言ってますけど」
 飲み込みかけたものが気管に落ちそうになるのを必死でこらえていると、大王がやってきた。
「へーい、マツモト。すごいじゃねーか、ハラキリ。俺もやってみるぜ」
「いや、しかし、陛下、これはですね、」
「うおーい、カタナの準備はできたか?じゃ、いくぜ」
 大王は毛氈の上にちょこんと座り刀をひっつかむとむんずと自分の腹に突き立て、そのまま動かなくなった。
 杉野森外相がしゃがみこんで大王をつついていたが、立ち上がって頭を掻いた。
「死んでますね」
 頭を抱える松本首相。外相は尋ねた。
「……恐怖の大王って、なんだったんでしょうね」
「俺に聞いても知るかああああああ!!」

     [完]




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