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「よしきた」喜三郎は喜々として用意を始めた。
 まず紙をトレイにセットした。
「これがスピードつまみ」右手でつまみの目盛を八十に合わせた。「最初はこんなもんでいいだろう。で、このレバーが首の角度」
 言いながら喜三郎はレバーを三十度にセットした。
「そしてスイッチ・オン」
 機械は軽くうなりをあげた。一枚、二枚と紙が吸いこまれてゆく。が、中でばりばりという音がして機械は止まってしまった。
「おかしいな」喜三郎は首をひねりながら機械を調べていたが、やがて大きくうなずいた。「わかったよ。レバーがいかれてるんだ」
 喜三郎はレバーを抑えたまま、スイッチを入れた。
「今度は大丈夫だ」
 機械は軽くうなりをあげた。一枚、二枚と紙が吸いこまれてゆく。が、その紙は反対側からそのまま出てきただけだった。
「変だな」喜三郎は頭をかきながら機械を調べていたが、やがて大きくうなずいた。
「わかったよ。つまみの調子が悪いんだ」
 そういってレバーを左手で抑えた。つまみを右手で固定した。
 喜三郎はしばらくその姿勢を続けていたが、やがてぼそりと言った。
「スイッチが押せない」
 弥三郎はもういい加減にばかばかしくなっていた。
「手が三本いるようだね」
 そう捨て台詞を残し、弥三郎は背中を向けた。
「そうだな。手が三本いる」
 喜三郎のつぶやきをあとに、弥三郎は研究開発課を出た。
 一週間というもの、喜三郎からは何の音沙汰もなかった。そんな機械のことなどもう忘れかけていた金曜の夕方、また電話がかかってきた。
「杉野森か。例のあれだがな」
 あれといわれて千羽鶴のことを思いだすのにしばらくかかった。
「今度こそばっちりだ。これで我が社も大儲けだぜ」
 もうほとんど興味はなかっのだが、喜三郎の押しに負けて結局また見るはめになってしまった。
 弥三郎がいくと、喜三郎は細長いふろしき包みを持ってうろうろしている。そばには例のなんとかかんとか千羽鶴マシーンも置いてある。
「なんだ。全然変わってないじゃないか」
「ああ、結局どうやっても手が三本必要だってわかったんでな」喜三郎はふろしき包みを開けた。「しょうがないから作ってきた」
 ふろしきの中から喜三郎が取り出したのは、一本の手だった。弥三郎は一瞬ぎょっとしたが、よくみるとそれは極めて精巧に作られた義手である。喜三郎はその義手を右わきの下に取り付ける。義手はまるで命を持ったかのようにするすると動きだした。喜三郎は義手の肘を曲げたり伸ばしたりして動きを確かめていたが、おもむろに右手でつまみを、左手でレバーを、義手でスイッチをおさえた。機械がなめらかに動きだし、次の瞬間には何十何百の折鶴が宙を舞い踊っていた。
 弥三郎は呆然と眺めていた。
「……すごいな」
「すごいだろ。さらにできた鶴を糸でつなぐ自動繋げ機構が付いてるんだ」
「いや、折鶴機のことじゃない。その義手だよ」
「ああ、これか。体中の神経の動きを察知して動くようになってるんだ。一週間でできたけどね」
「……すごいよ。これだよ、これが今の社会に必要とされるものなんだよ。ヒット商品なんてもんじゃない、つまり……なんていうかなあ、革命、いや、それ以上のものだ。なに、折鶴機、それどころじゃない。この義手が歴史を変えるんだ」
      (続く)

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